あるトランスジェンダーの世界Marion.K

「女」を割り当てられて育ち「男」のように生きているあるトランスジェンダーの内面を記します。

ニーチェからのエール

ルサンチマンに呪縛されて身動きが取れなくなりそうになることがある。ニーチェの思想から、そういう人へ向けたエールを汲み取ることができる。エールの部分を取り出してみると次のようなものだろう。

人生には到達すべき目標も達成すべき目的も果たすべき義務もない。人生は、ある真理や正義に自分を適合させるような在り方ではなく、個々の人間がそれぞれ自分の生を充実させようと試行錯誤する冒険だ。それは、現在の満たされなさを来世や将来の理想社会において取り戻そうとするのではなく、今ある現在の中から深い喜びを汲み取れるように自分なりに良いやり方を本気で考えて実行することだ。

参考:『実存からの冒険』西研

「元女子」をやめたYouTuberの記事に感じたこと

「元女子」と自己紹介してYouTubeで動画を配信していた木本奏太さんのインタビュー記事を読んだ。

ashita.biglobe.co.jp


 トランスジェンダーの存在を分かりやすくキャッチーに伝える為に「元女子」という言葉を使ってきたが、その言葉が「やっぱり女子に見える」などという心無いコメントを誘発している可能性があると気が付いたので「元女子」と言うのをやめたという。

 木本さん自身がインタビュー中に話しているように、トランスパーソンを「割り当てられた性別」に結び付けた言動をする行為は攻撃となる。トランスだと知るや否や「ここはやっぱり男性的/女性的だね」などと言って殊更に身体を「審判」したり、トランスパーソンの性的な身体を「暴こう」としたりといった攻撃の話はトランスにとって珍しくない。それは侮辱であり、許されるものではない。

 まず当然の前提として、トランス差別は許されない。「元女子」という言葉がそのような侮辱行為を助長しうるから使うのを止める、という判断には賛成する。この記事についてTwitterでは「性別は変えられない」などといった、「割り当てられた性別」の意味を理解せずにしていると思われる差別的なコメントが湧いていたが、トランスジェンダーの存在を否定する差別者がどうしてそこまで傲慢で攻撃的でいられるのか、理解に苦しむ。

 ところで、私はこの記事を読んで、不誠実な印象を受けた。木本さんが数年前に出演していたYouTubeチャンネルを目にしたことがある。その時に感じたのは、「なんてトランスに対して侮辱的なチャンネルだ」というものだった。例えば彼らは、こういう動画を作っていた。

 

「元女子(女→男)のお風呂あがりに突撃 気になる上半身は?」

youtu.be

この動画は正に、「トランスの身体を暴く」という趣旨の動画である。「秘められたトランスの身体」をclick bait(釣り餌)にして興味を引こうという意図が見える。

 インタビューで言及された動画「【ご報告】元女子、やめます。」で木本さんが「正直、今まではね、何も考えてなかった」と語っている通り、「元女子(女→男)のお風呂あがりに突撃 気になる上半身は?」が公開された頃(2017年6月5日)は動画が他のトランスたちを含め、視聴者にどう受け止められるか、想像できていなかったのだろう。しかし今は、「これまで深く葛藤してきた当事者の方が傷ついてほしくない、自分のチャンネルはみなさんにとって常に安心できる場所でありたい。」と語っている。

 考えが変わったのは結構なことだと思う。そうであるならば、自分たちが作った過去の動画について反省するべきところがあるだろう。しかしインタビュー中では、「「正しく伝える」ということは以前からも大切にしていました」と語っている。トランスの身体を見世物にして、視聴者を釣ろうとしていたことについてはどう思っているのだろうか。過去のこのような態度について何も批判的な言及が無いところに、不誠実さを感じた。

 

 なお、最近の木本さんの動画からは、差別に苦しめられるトランスを思って社会に働きかけようと考えて発信しているという印象を受ける。

 

追伸:

インタビュー記事なのでもしかしたら実際は過去の動画についてコメントがあったのかもしれない。また、他の媒体では語ってるのかもしれない。そういう情報があったら教えて下さい。この一つの記事だけ読んで「不誠実」と判断するのも乱暴かと思ったのでタイトルを変えた。

SRSに関する情報(特に陰茎形成について)

陰茎形成までする人にとって尿道狭窄は最大の不安ではないでしょうか。

手術、術後ケアなどに関する医学的な情報をまとめたサイトがあります。作成者は陰茎形成とその後のトラブルを経験された、皮膚・排泄ケア認定看護師です。個人の体験ブログを漁るより効率的に情報収集できる(尿道口と尿線の関係についてなど、他では見られない有益情報が満載)。相談にも乗ってくれるらしい。ブログも情報満載。

srscare.aikotoba.jp

 

2024年初めのご挨拶

地震の被害に遭われた方、事故に巻き込まれた方、戦禍で生きている方々に平安が訪れますように。

晦日は友人と、蕎麦と寿司とスパーリングワインで年越を祝いました。公園で手持ち花火を一本ずつ燃やしました。元日には富士塚に登りました。親愛なる友人と無事に新年を祝うことが出来る有難さを噛み締めています。

軍事費、万博の代わりに、寒さに凍える人々の為に税金が使われるように。差別してしまったとき間違いに気が付くように。苦しみから開放されるように。一人一人が幸せを感じられるように。

がんばろう。

タイSRS(子宮卵巣摘出)での持ち物

2023年11月に、アテンド会社を利用せずにタイのヤンヒー病院でSRS(子宮卵巣摘出手術/内摘)を受けました。この記事では、持ち物について書きます。

私は、他の人の書いた体験談、アテンド会社のwebページを参考にして持ち物を決めました。もし今回と同じ工程をもう一度経験するとしたら持っていくもの(持って行ったけど使わなかったものを含む)を列挙します。その下に、必要なかったものも挙げておきます。

持っていくもの

現地の薬局かコンビニで調達できるものには"*"を付けました。現地の市場などで入手できるものには"**"を付けました。もし買い物に行く時間が取れるとしたら、荷物を減らすために現地調達するのが良いかもしれません。市場と病院近くの薬局で多くのものが手に入ります。現地で手に入るものでも、念のため持っていくだけのものや、少量しか必要ないもの、買いに行くのがめんどくさいものは事前に用意していっても良いと思います。

・万一携帯電話が使えなくなったときの為にいくつかの書類は印刷して持っていきました。

・眼鏡も念のため二つ持っていきました。

・タイは11月でも日本の真夏ぐらい暑いです。靴・靴下・上着はタイでは無くても良かったと思います。

SIMカードは事前に持っていれば飛行機で着陸直後から使えるので便利です。慣れない土地で契約する面倒も省けます。でも、忘れても空港かコンビニで入手できるようです。

下に列挙したものは、もし私が再び同じ工程を辿るとしたら持っていくものです。

  • 書類
    • パスポート
    • GIDの英文診断書(手術の紹介状)
    • 病院からのメールを印刷したもの(印刷して持ってくるように病院から指示された)
    • 航空券の情報を印刷したもの
    • ホテルの情報を印刷したもの
    • ヤンヒー病院、クレジットカード会社、ツーリストポリス日本大使館の連絡先メモ
  • お金
    • 現金5万円(実際現地で使ったのは約2万円)
    • クレジットカード2枚(保険用と手術代払う用)
  • 鞄類
    • **スーツケース68L
    • **リュックサック
    • **小さいサコッシュ
    • **小銭入れ
    • **パスポートケース(首から下げるやつ。百均)
  • 衛生用品
    • 薬(処方薬、市販薬)
    • *アルコールティッシュ(持ち歩き易いサイズ)
    • *ポケットティッシュ5個
    • *歯ブラシ
    • *石鹸(洗顔用。ホテル・病院にも備え付けはある)
    • *剃刀
    • *生理用ナプキン3個(使わなかったけど念のため)
    • *爪切り
    • *洗濯用洗剤
  • 電子機器
  • 文具
    • 手帳
    • *筆記用具
    • *メモ用紙
  • 衣類
    • **半袖Tシャツ4枚(1枚は着て行く)
    • **パンツ4枚(1枚は着て行く)
    • **靴下1組(着て行く)
    • 手拭い4枚(1枚は持って行く)
    • **帽子
    • **靴(履いていく)
    • *サンダル
    • **ジャージのズボン(着て行く)
    • **上着1枚(着て行く)
  • その他
必要なかったもの
  • 書類
    • コロナワクチンの接種証明書(提出を求められなかった)
    • 精神科診察用に書いた英語のメモ(日本語通訳がいたため必要なかった)
  • 衛生用品
    • *おしりふき(普通にトイレができて使わなかった)
    • *身体拭き用ウェットティッシュ(わりとすぐシャワーを浴びられた)
    • *洗顔シート
    • *医療用テープ(自分で使うシーンは無かった)
  • 電子機器
    • 電子辞書(英和・和英)、電子辞書の充電器(英語がほとんど通じないし、通訳はGoogle翻訳で事足りた)
    • コンセント変換機(日本と同じものが使えた)
  • 食器
    • *ストロー(病院で水を飲むときはもらえる)
    • *紙皿(屋台でビニールに入ったスープとかを食べるとかしない限り使わない)
    • *割りばし(屋台で食べ物を買うときはたいていつけてくれる)
    • *紙コップ
    • *スプーン(屋台で食べ物を買うときはたいていつけてくれる)
  • 食品
    • *お菓子(日本のお菓子も売ってる)
    • 粉ポカリ(水を大量に飲まされると書いている体験談を読んだため持って行ったが、ヤンヒー病院では水を飲まされることは無かった)

「自己手配」でSRSのコンタクトから予約まで

2023年11月に、アテンド会社を利用せずにタイのヤンヒー病院でSRS(子宮卵巣摘出手術/内摘)を受けました。この記事では、手術の予約を取るまでの私が辿った工程を一つの事例として説明します。患者(クライアント)、病院担当者によって対応が異なると考えられますのでご注意ください。これから手術を受けようと考えている方の参考になれば幸いです。

 

当時の私の状況

タイ語は全く分からない。英語は日常会話がなんとかできる程度。ホルモン療法を8年継続。抗鬱剤を服用中。HIV陰性。新型コロナウイルス陰性。身体障碍無し。

事前のHIV検査、PCR検査はしていなかった。検査は現地で行ったため、事前の検査結果を求められることは無かった。

 

私が辿った手順

  1. チャット・メールでコンタクトを取る・問診表を提出(手術の5週間前)

ヤンヒー病院のホームページを開くと、右下にオンラインチャットが開きます。まずはそこから連絡しました。日本語が使えるか聞いてみたら、通訳者のラインアカウントのQRコードが送られてきました。そこへ連絡してみましたが返事がないので、再度、英語でやりとりすることにしました。(病院には専属の日本語通訳の方がいらっしゃるので、諦めずに「日本語でやり取りしたい」と意思表示を続ければ、日本語でできるのではないかと思います。日本語でやりとりできたという体験談を書かれている方もいらっしゃいます。)子宮卵巣摘出手術について尋ねると、メールでやり取りするのでメールアドレスと名前を送るように言われました。以後メールでやり取りすることになりました。

 

まずメールで次のことが要求されました:

  • 問診表の記入
  • 次の書類の提出
    1. 精神科医の紹介状(GIDの診断、男性として1年以上問題なく暮らしていることが記載されているもの)
    2. 1年以上ホルモン投与を行い医師のチェックを受けていることを示す証書

問診表1

問診表2

問診表



問診票にパスポート番号を記入するところがあります。この時点で私は有効なパスポートをまだ持っていませんでした。また、紹介状の入手には1万円かかるので、手術を受けられることが確定してから入手するつもりでいました。そして、ホルモン投与を1年以上続けていることの証書といっても、定期的に血中テストステロン値をモニターしているわけではないので提出するものがありません。検査するならまた結構お金がかかるので、するなら手術確定後にしたい。困った、ということで、事情を次の内容を英語でメールに書き、問診票は記入できるところだけ記入して送りました。

「2023年11月に手術を受けることは可能ですか。私のパスポートは来週発行されます。多額のお金がかかるので、精神科医の紹介状とホルモン投与歴の証明は、手術が受けられることが確定してから入手します。私が請求すれば1か月以内に入手できるはずです。」

その結果、「2023年11月に手術を受けることは可能」「医師から問診票のフィードバックを追って連絡する」という内容のメールが10月1日に返ってきました。手術希望日の2か月前に連絡すれば十分予約は取れるようです。

 

  1. パスポート・英文の診断書・ホルモン注射歴を示す文書を入手

 

パスポートを入手して、問診票に記入していなかったパスポート番号をメールで連絡しました。

11月に手術が受けられるということが確かめられたので、紹介状を入手しました。紹介状の中で、私が8年以上ホルモン療法を続けていることにも言及するように担当医師にお願いしました。(私はかかりつけの医師がGID専門医であり、そこでホルモン療法を受けています。通院は1年未満でしたが、これまで別の病院でホルモン投与を続けてきたことを説明しました。)念のため、それが求められた「1年以上ホルモン投与を行い医師のチェックを受けていることを示す証書」として有効であるかヤンヒー病院に問い合わせたところ、有効だということでした。

紹介状をPDFにしてメールで送りました。

10月6日に、手術の詳細が送られてきました。執刀医、手術の内容(Traditional Hysterectomy (TAHBSO))、料金(96,000 THB)、入院期間(4泊)、タイ滞在推奨期間(7-10日)、リスクと合併症、注意事項が書かれています。手術の1カ月前以降にホルモン注射をしてはいけないこと、服薬を止めること、酒とたばこは一生やめることなども書かれています。(手術の後に改めて聞いた注意では、手術後1カ月は酒を控えるように、とだけ。一生飲めなくなるわけじゃない。良かった。)

手術詳細を書いた表

手術詳細

 

  1. 手術日の希望を伝える

既に提出した問診表には11月の中頃の日付を適当に書きましたが、2.で手術後の滞在日数を10日とれば十分と分かったので、航空券代の安い日を計算して、改めて手術希望日を連絡しました。やりとりはこんな感じ。

私「11月8日に手術を受けたいです」

病院「手術前の診察のために11月6日か7日に来られますか。そうすれば11月8日に執刀医と面談の上、手術その他の日程を確定します。」

この後一度、メールでやり取りしていた病院スタッフから電話が来ました。突然国際電話が来たので驚きました。英語で話してくれましたが、全然聞き取れず、メールで連絡してくださいと言って切りました。

その後またメールでやりとり。

私「電話でうまく話せず申し訳ありません。6日でも7日でも行けますが、どちらが都合が良いですか」

病院「7日に精神科医一人と面談、8日に精神科医もう一人と、執刀医と面談、9日に手術でどうですか」

 

  1. 服薬歴、各薬の詳細を連絡

ここで服用中の薬についても尋ねられました。

病院「問診表に書かれていた服用中の薬について、服用の理由と量を教えてください」

私「服用中の薬の詳細です。(抗鬱剤、その副作用止め、睡眠導入剤について説明)」

病院「情報をありがとうございます。またすぐ連絡差し上げます」

 

  1. 手術日確定連絡を受ける(手術の4週間前)

次の日、手術の詳細が表にまとめられて送られてきました。

手術詳細の表1

手術詳細の表2

手術詳細の表



本文には他に、

  • 病院に精神科医の紹介状と「1年以上ホルモン投与を行い医師のチェックを受けていることを示す証書」の原本を持ってくること
  • 病院に着いたら、このメールを印刷したものとパスポートとワクチン接種証明書(もしあれば)を持ってインターナショナルカウンターに来ること
  • このメールを受け取ったらその旨を連絡すること
  • もし問題や指定日に来られないなどの事情があればできるだけ早く連絡すること

が書かれていました。

メールの内容を確認したことを連絡し、予約確定です。

 

支払いはクレジットカードで支払うつもりでしたので、念のため使えるか最後に聞きました。VISA、MasterCard、JCBなどが使えるそうです。また、日本円も使えるそうですが、書き込みや(不必要な?)折り目があると使えないとのことです。

使えるカードのアイコンの写真。VISA, MasterCard, JCBなど

使えるカード



 

以上が、予約を取るまで私が経験した手続きです。担当者、予約時期によって対応が違うと思いますが、具体的なイメージをするのに役立てていただければ嬉しいです。

民俗学との出会い

姫田忠義らが記録した映画『越後奥三面』(民族文化映像研究所)を観た。不思議なことに、山で生きるために食料を生産し、道具を作り、祈る人々の暮らしに想像を膨らませるにつけ、自分がトランスであることを意識させられる。これは意外なことだったが、実は私がこれまで土地の習俗を避けてきた理由はそこにあるかもしれない

 

思えば「自由で平等な個人」という理念が私を支えてきたのだった。土地の習俗に従う生き方と対極にある生き方だ。当たり前のように課せられてきた性役割が、「自由で平等な個人」という理念の下では鮮やかに粉砕される。私は自信を持って「性役割なんぞ糞喰らえ!」という心持ちで生きていくことができる。そして自分の意志次第でトランスすることが可能である。この思想が私にどれだけの希望を与えてきたか、その大きさに今更思い至った。

 

少し前まで私は、注射さえ打てば埋没できて、自分がトランスであることをそれほど強く意識せずに済んできた。曲がりなりにも個人主義的で、西洋医学が浸透している社会に生きているおかげだ。もちろんトランスであるせいで不便なことがあり困ったり憤ったりはするのだが、「自由で平等な個人」という理念を強く持っている限りそれはアイデンティティを揺るがすような深刻な問題ではなかった。しかしこの都市生活の外の世界を想像すると、自分の身体がどうにもならない絶望感を思い出す。

 

古い習俗の中で生きる人々には、どうしても自分を重ね合わすことができない。それはおそらく、当たり前のように性役割を担っているように見えるからだ。実は彼らの中にもトランスパーソンが存在していたかもしれないのに、その存在が「発見」されるまでの民族学研究では、トランスパーソンは無視されてきたという。見えなかったのだ。だからトランスパーソンの生活に焦点が当たることはない。

 

圧倒的な隔たりのある他者を前に民俗学はどう向き合うのか、私はまだ知らない。これから学んで考えたい。

 

最後に、姫田忠義の映画はすごく面白いのでお勧め。自然の中で生きる人間の知恵が長い時間をかけて洗練され、見事な体系が築かれている様子を知ることができる。